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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)400号 判決 1948年12月01日

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人馬淵分也の上告趣意第一點及び第二點について。

本件は、第一審判決に對して控訴をしないで、直ちに上告をした所謂飛躍上告事件であるが、論旨第一點は、原判決は、被告人の自白を唯一の證據として判示事実を認定したものであるから、憲法第三八條、刑訴應急措置法第一〇條第三項に違反するものであるというのであり、同第二點は、原審において被告人の唯一の證據申出を却下したのは、憲法第三七條に違反するものであり、且同第三八條第三項違反ともなるというのであって、結局原審の訴訟手續違背を非難することに歸着するのであるが、所謂飛躍上告のできる場合は、判決により定りたる被告事件の事実につき法令を適用せず、又は不當に法令を適用したことを理由とする場合と、判決ありたる後、刑の廢止若しくは變更又は大赦ありたることを理由とする場合とに限られていることは、刑事訴訟法第四一六條により明らかである。

しかるに本論旨は右何れの場合にも當らないものであることは、論旨自體により明白であるから、適法の飛躍上告の理由とならない。

第三點及び第四點について。

所論の如く裁判所は、法令に對する憲法審査權を有し、若しある法令の全部又は一部が憲法に適しないと認めるときはこれを無効として其適用を拒否することができると共に、有罪の言渡をなすにはその理由において、必ず法令の適用を示すべき義務あるものであるから、當事者においてある法令が憲法に適合しない旨を主張した場合に、裁判所が有罪判決の理由中に其法令の適用を舉示したときは、其法令は憲法に適合するものであるとの判斷を示したものに外ならないと見るを相當とする。從って原審における所論の主張に對し、特に憲法に適合する旨の判斷を積極的に表明しなかったとしても、所論の如く判斷を示さない違法があるとは言い得ない。論旨は理由がない。

なお上告論旨第三點に、原審裁判所に提出した辯論要旨参照とあるのは原審の記録に編綴されているのであって上告趣意書として當裁判所に提出されたものではなく、適法な上告趣意書の内容をなすものではないから別に此の點についての説示をしない。そして食糧管理法は、憲法第二五條に違反するものでないことは、當裁判所判例の示すところである(昭和二三年(れ)第二〇五號事件同二三年九月二九日大法廷判決参照)。

上告趣意第一點及び第二點についての理由に關し、裁判官真野毅の少数意見は、次のとおりである。

本件は、いわゆる飛躍上告事件である。刑訴第四一六條第一號によれば「判決により定りたる被告事件の事実に付、法令を適用せず、又は不當に法令を適用したることを理由とするとき」においては、區裁判所又は地方裁判所においてした第一審の判決に對し控訴をしないで上告をすることができる。それは、第一審裁判所が認定した事実そのものについては別段異議はないが、ただその事実に對して適用すべき法令を適用しなかったとか、又は適用すべからざる法令を不當に適用したとかについてのみ異議があることがある。かかる場合には單に法令の適用の當否だけ爭うのであるから、控訴審の一段階を飛び越えて直ちに法律審である上告裁判所へ上告してその法律判斷を受け得ることの方が、當事者の便宜から言っても、訴訟經濟の上から言っても、好ましく適當であると言わなければならぬ。これが、前記法條で飛躍上告の認められている立法趣旨である。されば、この飛躍上告の上告理由は、本質上法令適用の當否の點だけに限定せらるべきであって、事実關係は、確定不動のものとして爭うことを許されないのである。所論は、前記法條に「被告事件の事実に付不當に法令を適用したること」とある中には、「被告事件の事実認定につき不當に法令を適用したること」をも含むものと解したもののごとくである。成程法文を形において卒然として讀めば、さように讀み違い易い點がないこともない。他にも時々同じ様な事例が起る。しかし、これはその立法趣旨を理解しないことに基くものであって、その誤りであることはまさに前述のとおりである。だから、論旨のように、事実認定又はその前提たる證據の取捨若しくは證人申請の却下に對する非難攻撃を加えることは、何れも飛躍上告適法の理由とはならない。(多數説は、單に論旨が、刑訴第四一六條に掲げる何れの場合にも當らない、というだけの理由を述べているに過ぎない。これは、間違ってはいないが、あまりにも漠然とした一般的、抽象的な判示の仕方であって、焦點がピッタリ論旨に合っていない感がする。判決は、特殊的、具體的な上告趣意を對象とする判斷であるから、當然の歸結として十分特殊性、具體性をそなえた的確な判示をすることが、正しく、厳しい判決態度--これは從來あまり論ぜられていないが、非常に根本的な重大な問題である--であらねばならぬ、とわたくしは平素から確信している。たまたまこの機會に少數意見に託して所懐の一端を述べたまでのことである。)

よって刑事訴訟法第四四六條により、主文の通り判決する。

以上は理由に關する少數意見を除き、裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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